スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

青柳本願寺~本多作左衛門重次の菩提寺

本願寺の碑取手市青柳にある本願寺は、京都東山の知恩院直末寺であり、取手市ゆかりの本多作左衛門重次の菩提寺でもある。本多重次が取手の地に住居を定めたときに、この寺を菩提所として供養料を納めた話が伝わっている。寺には、重次の甲冑・金扇・旗を寺宝として保存されている。また、敷地内には、重次の有名な手紙の一文「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ」の碑がある。


続きを読む

スポンサーサイト

龍禅寺・三仏堂

三仏堂常総線・稲戸井駅付近にある龍禅寺の三仏堂は、国指定重要文化財である。見事な茅葺屋根と時代を感じさせる木造建築を見ることができる。三仏堂の由来には、平将門の母がこのお堂の中で将門を出産した伝説や職人・左甚五郎が一夜で造ったという民間伝承が残っている。寺に伝わる公伝によると、924年に僧・伝誉が鎮護国家の道場として開いたのが始まりであり、937年に平将門が仁王門と鐘楼を寄進したそうだ。その後、荒れていたが、1192年に、源頼朝が千葉常胤に命じて修繕し、今日に至るとのこと。

参考(引用)文献:取手市史

続きを読む

小堀地区(4)~水神社と常国寺

水神社の鳥居小堀地区にある水神社と常国寺。同じ敷地内に隣接する歴史のある寺社である。水神社は水神を祭神としており、1668年創立の伝承がある。利根川図誌にこの神社の祭が書かれている。それによると、「神輿を高瀬舟に乗せ、舟上には幕を張り、明りをこうこうと点けて笛に太鼓で囃子を鳴らしながら利根川を下る。後ろに続く舟からは花火を上げる。」当時は、この祭を見るためにたくさんの人が集まり壮観な光景であったようだ。また、白木でできた神輿を荒々しく揉む・落とすような「荒れ神輿」の祭もあったようであり、当時の小堀地区には、船大工・船頭などの船関係者の集落(小堀河岸)があったことから荒々しい風土が濃厚にあったことが関係しているのだろう。
常国寺は、1662年の創立と言われており、こちらも古い。開祖は、常円という和尚さんだが、実は、千葉重胤の家来「椎名右京亮」であるということだ。

参考文献:取手市史、利根川図誌

続きを読む

東谷寺~小文間城主・一色宮内少輔政義ゆかりの寺

東谷寺小文間城址の近くにある東谷寺は、一色宮内少輔政義が築城の際に「鬼門除けの寺」「祈願寺」として建立されたものです。境内にある観音堂には、一色氏の守護神である「如意輪観世音菩薩」が安置されています。
一色氏が雁金山の戦いで敗亡後、一時廃れましたが
、住職・祐賢が18世紀に立て直して今日に至っています。御本尊は、大日如来。

場所は、取手市小文間5468番地付近。

参考文献:取手市史



続きを読む

高井城外郭部(2)~妙見社

妙見社高井城址の隣に妙見社(妙見八幡宮)がある。「妙見」とは、北斗七星を神格化した延命のインドの神様のことであるらしい。インドから中国を経て、8世紀に日本に渡来した。平将門が厚く信仰していたという話もある。
妙見社は、千葉氏・相馬氏が城の守り神として信仰していた。守谷城址には妙見社を祭った「妙見曲輪」というものがある。この高井城主の高井氏は相馬氏の庶流であり、当然のごとく、妙見社を祭ったのだろう。

参考文献:取手市史、藤代町史、取手市史・石造遺物資料

続きを読む

プロフィール

duckhouse

Author:duckhouse
私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。