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【熊本城(8)】三の丸から細川刑部邸へ

二の丸御門跡二の丸北にある「催し物広場(家老米田監物屋敷跡)」の北に二の丸御門跡がある。ここにも見事な枡形が見られる。二の丸御門跡を抜けると、今は駐車場になっている三の丸に出ることができる。三の丸の西には、旧細川刑部邸がある。

参考文献:日本城郭大系、熊本城総合事務所編「旧細川刑部邸」


二の丸御門跡内

旧米田監物屋敷跡である二の丸・催し物広場の北に「二の丸御門跡」がある。見事な枡形が見られます。ここも防御のことを考えて作られていますね。

二の丸御門跡外

二の丸御門を外から見たところです。

平壁

二の丸を出ると道路沿いには平壁が復元されています。町全体を城下町として保存しようという熊本市の意気込みが感じられます。

三の丸南

二の丸の隣には「三の丸」があります。道路で分断されており、今は駐車場になっています。こちらは二の丸に接している三の丸南側。

三の丸北

こちらは三の丸の北側です。旧細川刑部邸に接しています。

細川邸門

旧細川刑部邸の敷地に入ります。
熊本総合事務所編「旧細川刑部邸」によると、細川刑部(長岡刑部少輔=長岡図書)家は細川家三代・忠利公の、刑部少輔興孝が正保三年(1646年)に二万五千石を与えられて興したそうです。監物台は長岡家の屋敷地ですので、ここは下屋敷になります。

細川邸庭

広大な庭を進みます。

細川邸

料金所となっている長屋門を通り、写真の「御玄関」から中に入ります。

座敷

旧細川刑部邸内はすべて公開されています。熊本城内を歩き回った疲れがどっと来た私はしばし縁側で休憩。(^_^; ちょっとした殿様気分です(笑)。

茶室

茶室・観川亭。

博物館へ

細川刑部邸で休憩した後、熊本博物館へ行くつもりでしたが、時間がなくて断念。写真は、博物館へ通じる道ですが、昔は堀だったそうです。日本城郭大系によるとこの辺り一帯は「古京町」と呼ばれ、東側は藩士の屋敷地、西側は長岡内膳の屋敷であり、文政七年(1824年)に細川家十代斉しげが隠居所を設け、「二の丸屋形」と呼んでいたらしい。

衛星画像

Google Earth衛星画像による場所説明。
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Author:duckhouse
私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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