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御墓山~本多作左衛門重次墳墓

墳墓江戸時代初期の人、徳川家康の家臣・本多作左衛門重次のお墓が取手市井野にある。御墓がある場所は井野の町を一望のもとに見下ろすことができる山の上にあり、この山は利根川図誌によると当時は御墓山と言われていたらしい。
本多重次は、北条氏滅亡後に家康が関東に国替えになった後に、過去の出来事の咎(一時、人質となった秀吉の母の扱い方が後年、秀吉の怒りを買った)のため上総国古井戸(千葉県君津市)に蟄居を命じられたが、蟄居先は取手市井野に変更になった。1596(慶長元)年7月16日68歳でこの地で死去した。
本多重次の逸話は、山岡荘八の「徳川家康」に詳しい。主君家康を諫言をもってやりこめる話はおもしろい。

本多作左衛門重次墳墓は茨城県指定史跡。

御墓山

取手市井野にある御墓山。外観はこのような頂上部が掘削されて家が建っている小山である。頂上からは井野を一望できる要害の地でもある。

御墓山への坂

御墓山へ登る坂道は、ほとんど45度に近い急勾配となっている。

墳墓外観

幼稚園の横にある駐車場の奥にその墳墓がある。

墳墓

これが本多重次の御墓。

説明板

由来の説明板です。
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私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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