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大鹿城のそばにあった「鹿(しし)塚」について

鹿塚大鹿城の古写真集のコピーが手元にある。主郭から虎口、堀、土塁などの写真が掲載されており、昭和47年当時の「在りし日の大鹿城」をしのぶことができる。その写真の中に「鹿塚」というものがあり、なんのことだろう?と長く疑問に思っていた。最近、取手図書館にあった「取手町郷土史資料集Ⅱ」に鹿塚のことが書いてあったのを発見し、その正体がやっとわかった。

「鹿塚」とは、花輪城主・織部時平の名馬「白鹿」を葬った所であるらしい。場所は、蔵重一彦氏の「北相馬郡古城址図集」によると、大鹿城の南側にひろがっていた田んぼの中。今はすでに覆滅していて影も形もない。場所的には紳士服のアオキの建物の辺りだろう。取手は開発が活発なので、遺跡はなかなか残らない。

※写真は、昭和47年当時の鹿塚。

参考文献:大鹿城跡発掘調査報告書(1996年) 、取手町郷土史資料集Ⅱ
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私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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