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小文間城ノ内

小文間城ノ内小文間の天神前バス亭付近が、天正年間に一色氏の城館があったとされる場所である。赤松宗旦氏(江戸時代の人)著の「利根川図誌」によると、「一色城址・小文間の戸谷に近き処に在り、詰の丸と覚しき処に天神社あり、下の谷を城ノ内といふ」とあり、さらに、一色氏の滅亡のくだりについて書かれている。
一色氏は、かなり好戦的な大名だったようであり、当時の城主・一色宮内が、大鹿城(今の取手競輪場付近)城主の大鹿左衛門が病中であるのを知り、攻め滅ぼした事件があった。しかし、このことを知った大鹿左衛門の婿の高井十郎(高井城城主)が復讐戦を挑み、滅ぼされ、その後の小文間城は高井氏のものとなった。
小文間城ノ内は、取手市小文間4558番地にある。

※参考文献:取手市史、利根川図誌
天神前

小文間の天神前バス亭付近から「城館」があったとされるところに入る道がある。

遠景

小文間城ノ内は、外から見ると、竹林と林の中にある。

道路

道路をゆくと周りは宅地化されており、「詰の丸と覚しき処」はさすがに発見できない。

大師堂

集会所の近くに小さい神社があったので、「天神社」かと思ったら、大師堂だった。でも、もしかしたら、昔は天神社だったかもしれない。そうすると、ここが詰の丸?

谷戸

城ノ内である谷戸から天神社付近をみあげる。城館があったとされる場所は台地になっており、小貝川ににらみを利かすことができる要害の地だ。昔、城館があってもおかしくない。

Google Earth

Google Earthによる衛星写真。
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tag : 中世城館

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ひさしぶりに、取手市の城館めぐり

 『たぶん取手ブログ』を見ていたら、久しぶりに取手のお城を見に行きたくなった。2002年10月に一回りしたのだが、その時にはよく分からなかった場所とか今回新たに知った場所を回ってみた。これまで取手は遠いという印象だ

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私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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