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稲城ノ内

稲城ノ内取手市稲には、城館に関係する地名が残っている。城ノ台、城ノ内、城山、馬場山である。この辺りは舌状台地になっており、あちこちに谷戸が開けている。昔は、利根川の水が入り込み、船着場などがあったのかもしれない。なお、城主が誰か?については、常総戦蹟に、「稲村城主高井十郎」という記述があることから、高井氏である可能性が高い(ちなみに高井氏は高井城の城主でもある)が、はっきりとした資料は残っていない。日本城郭大系では、稲村城主・高井直将となっている。
今回行って来たのは、城ノ内付近。明らかな城の遺構はほとんど残っていないが、それを連想させるものがところどころに見られた。

参考(引用)文献:取手市史、常総戦蹟、日本城郭大系

取手市史で「遺構はない」とあったんですが、ちょっと行ってみました。

20070211_inajyounouchi_syuukaijyo1.jpg

稲集会所と道路をはさんだ所にある大師堂付近が「城ノ内」中心部です。

集会所

稲集会所。

集会所裏山

集会所の隣がちょうど開発されており、竹林の中に土塁らしいものが見えました。もしかして遺構かな???企業の私有地でかつ立入禁止になっていたので、これ以上近づけません。

大師堂

こちらは大師堂がある畑。

堀のようなもの

畑の横にある竹林の中には、空堀のような窪みがありました。

道路

城ノ内中心を走る道路。周りはお屋敷です。ちなみに、この辺一帯に住んでおられる方の苗字は、全て、「海老原さん」です。一説では、守谷城落城とともに、相馬一族は姓を変えて土着したそうですが、そのときの姓に、海老原(蝦原)氏があります。

竹林

城ノ内を一周して、稲集会所の裏に周ると、うっそうとした竹林があり、そこを分断する細道があります。

土塁のようなもの

西側には土塁のような土の盛り上がりがあり、

谷戸

東側は、空堀のような地面の落ち込みがあります。沢なのかな。しかし、その先には民家が密集している場所があり、谷戸なのかもしれません。

祠

谷戸を見下ろす一角に空き地があり、祠がありました。小文間城ノ内における天神社のように、この辺りに城館があったのかもしれませんね。

衛星画像

Google Earth衛星画像による場所説明
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Author:duckhouse
私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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