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取手の坂道(2)・小文間編~「宗四郎坂」

宗四郎坂小文間の有名な坂である「宗四郎坂」。この人の名前がついている坂の由来には興味深い話がある。宗四郎とは江戸時代初期から明治時代にかけて小文間で代々名主をつとめた「斉藤宗四郎」のことである(斉藤家の当主は代々、「宗四郎」という名乗りを世襲した)。斉藤家は、小文間新田の開発と岡堰設置の功があった名家とされ、永代名主として明治まで続いた。
この斉藤家の小文間入りには驚くべき伝説がある。斉藤家の祖は、美濃ノ国を治めていた斉藤道三であるという。斉藤家は龍興の代で敗亡し、離散後、徳川秀忠の時代に、龍興の子の秀政が小文間の地に流れ着き帰農したのが始まりであるという。

小文間の坂にはこのような由緒・由来があっておもしろい。

参考文献:取手市史、取手町郷土史資料集Ⅱ

宗四郎坂

宗四郎坂である。下って行くと利根川の岸辺に出ることができる。

石碑

坂が始まるところには、「斉藤杏庵翁碑」がある。この隣には、宗四郎坂古墳がある。

衛星地図

Google Earth衛星地図による場所説明。
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取手の坂道

取手の坂道の写真をアルバムにしました。前回の続きです
「わたしの好きな坂道」
http://webryalbum.biglobe.ne.jp/myalbum/200640400c4f1c7dedf5afe3142ffab118c63f430/16486314786189411
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「取手の坂道」
http://webryalbum.biglobe.ne.jp/myalbum/200640400c4f1c7dedf5afe3142ffab118c63f430/437610419871310511
パスワード: torisaka

宗四郎坂

はじめまして。
私も取手市在住です。
宗四郎坂の話、興味深く読ませていただきました。
この近くに首切り地蔵がありますが、
なんでも聞いた話によると、
江戸時代にこのあたりは犯罪者の処刑場だったことから
この名前がついたらしいですね。

こんばんは。コメントありがとうございます!
(半年近く放置しているブログで冷や汗ものです)

首切り地蔵については、いろんな伝説があるようです。ご指摘のものも
あります。また、小文間城主の一色氏がここで処刑され、その亡霊が
夜な夜な徘徊するのを鎮めるためにこのお地蔵さんが建てられたと
いう話もあります。

宗四郎坂の近所に住んでます。
そんないわれがあったなんて知りませんでした。
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Author:duckhouse
私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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