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生実城(森川陣屋)

20070317_smallRIMG0023.jpg生実(おゆみ)城は、16世紀に原一族により築城されたのが始まりである。原氏は代々、北条、千葉の抗争の狭間で存続してきたが、戦国時代末期の小田原の役で、北条方に着いた時の城主の原胤栄氏が徳川勢の酒井家次に討たれ落城した。その後、寛永4年(1627年)、森川重俊がこの地を与えられ、生実神社の側に陣屋(森川陣屋)を置き、明治まで支配した。
遺構については、森川陣屋があった生実神社の南に堀跡と土塁が残り、境内には櫓台のような土盛が見られる。生実城址の遺構は、本城公園と呼ばれている主郭跡のみだ。

参考サイト:埋もれた古城

蘇我駅に行くヤボ用がありましたので、ちょっと寄ってみました。まずは、森川陣屋があった生実神社へ向かう。

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生実神社。住宅街からちょっと離れた所にある静かな場所である。目の前には幹線道路が走っている。

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森川陣屋の縄張り図。

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境内の南側に残る土塁。この土塁の向こう側には。。。

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唯一残る明確郭な遺構である空堀跡。下に降りてみました。深さは、5~6mぐらいか。長さは20mぐらい。境内にあった説明板によると、薬研堀と言われているそうだ。

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土塁からのぞいてみた空堀。

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空堀の底を進んで行くと。。。このような空き地に出ます。ここも昔は陣屋の一部だったのでしょう。

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境内には、このような櫓台を思わせるような土盛が見られます。

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次は森川氏の霊廟がある「森川三重俊院」に行ってみます。

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境内の奥に森川氏の霊廟があります。

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この先が霊廟。不思議にも身が引き締まるほどの緊張感を感じます。

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歴史のある霊廟とはこういうものなんでしょうか。壮厳な雰囲気に衝撃を受けました。

さて、次は生実城址に行きます。

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生実池から見た生実城址。

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生実池の淵を歩きます。当時は水堀の機能を果たしていたのでしょう。

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生実池の北にはこのような堀跡の名残のようなものが続きます。

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生実池の東側には主郭があったとされています。この辺は腰郭でしょうか?葦が茂る用水路のようなものがあります。当時の堀跡かな。

20070317_RIMG0064.jpg

腰郭と思われる場所から東に向かって土地が少し高くなっているところがあります。ここを進むと、主郭に着きます。

20070317_RIMG0061.jpg

生実城主郭跡。公園になっちゃってますね。(^_^; 周りは住宅地。城跡がすっぽりと住宅地に入っちゃってます。
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Author:duckhouse
私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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