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【松戸】小金城(1)~大谷・金杉口

20070805_small_kanasugi1.jpg小金城は、松戸市大谷口のほぼ全地域がすっぽりとおさまる巨大城郭である。日本城郭大系によると、1460年に栗ケ沢に高城氏が定着し、根木内に城を築き、天文6年(1537年)にこの地に城郭を築いたのが始まりらしい。当時は、大手口、達磨口、金杉口、横須賀口、大谷口の5つの虎口があり、今は、金杉口と達磨口が残る。天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原攻めによる浅野氏による攻撃で落城する。
城址としては、宅地化でほとんど消滅しているが、松戸市大谷口の起伏に富んだ地形や、丘・道路(堀跡ですかねー)から、城郭都市としての往時を感じることができる。縄張り図をもって、周辺を歩き回るだけでも楽しかった。(^_^) 唯一残る、金杉口・達磨口には、土塁・空堀が残っており、特に、土塁の巨大さには、当時の巨大城郭の雰囲気が楽しめる。

参考引用文献:日本城郭大系
場所:松戸市大谷口。総武流山電鉄「小金城址駅」下車。大谷口歴史公園を目指す。達磨口は、大倉記念病院のそばにある。

総武流山電鉄・小金城址で降りて、てくてくと徒歩で向かいました。徒歩で行ったかいがあり、あちこちに、「怪しい地形」を見ることができました。最初の目標は、金杉口がある大谷歴史公園へ。

20070805_kanasugi_dorui1.jpg

「子供の遊び場」広場を抜けると、前方にマンションが建つ丘があり、その側に巨大な土塁が。縄張り図によるとこの辺は「馬屋敷」。松戸市大谷口は城郭の中にあるといってもいいので、街中に土塁があっても不思議ではありません。(^_^;

20070805_kosiguruwa2.jpg

土塁の横には緑地公園というのがあります。もしかして、腰郭?前の道理は堀跡か?

20070805_kosiguruwa1.jpg

この緑地公園の外側には低い土塁が続きます。

20070805_ootanirekisikouen.jpg

緑地公園を抜けてさらに進むと、大谷口歴史公園があります。

20070805_ootani_iriguchi.jpg

これは入口。

20070805_kanasugi_mon.jpg

模擬冠木門がたっています。ここが金杉口。案内版もありますよ。

20070805_kanasugi_kuruwa.jpg

金杉口には少し広い空間が。枡形まではいかないが。。。

20070805_kanasugi_dorui2.jpg

金杉口には巨大な土塁があります。

20070805_kanasugi_karabori.jpg

復元された障子堀だそうです。

20070805_kanasugi_douruinoue.jpg

金杉口の上には、郭があります。縄張り図によると、「馬場」。馬の放牧地だったんでしょうね。

20070805_kanasugi_dorui3.jpg

周りを土塁がとりまいています。馬を囲うのが目的なのかな?

20070805_kanasugi_hi.jpg

この郭に立つ城址碑。

20070805_kanasugi_masugata.jpg

この郭の下へ降りると、見事な枡形があります。

20070805_kanasugi_une1.jpg

最大の見所である「畝掘」。うねうねとした縦堀のへこみは残念ながら、磨耗してました。(^_^; 北条流築城術を見たかったのに!

20070805_kanasugi_une2.jpg

畝掘の先は、当然のことながら、崖になっています。

次は、達磨口へ!
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Author:duckhouse
私は取手市に住む地元とアントラーズを愛するものです。歴史にお城も好きだよ。

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